最近は和らいできましたが、まだまだ女性社会では、筋トレをしていると好奇の目で見られることが多い世の中です。

もし職場でプロテインなんか飲んでたら「マッチョ目指してるの?(笑)」なんて言われることはまだまだザラでしょう。

でもね、だいたいそういう人って自分の体型に無頓着だったります。自分はお腹が出ているのに、嫁の体型にはやたらと厳しい旦那がまさにそれです。

自己啓発の父、デール・カーネギー氏の言葉を覚えておくといいでしょう。

人を批評したり、非難したり、小言を言ったりすることは、どんな馬鹿でもできる。そして馬鹿者に限って、それをしたがるものだ。理解と寛容は、優れた品性と克己心を備えた人にはじめて持ち得る徳である。

(デール・カーネギー「人を動かす」創元社出版, 2009年, p27)

簡単に人の努力を笑う人は、自分が努力していないことの証だと思っています。自分が本当の意味で努力をしていれば、その大変さがわかるはずだし、決して人の努力を笑ったりしない。

努力にも種類があって「人から課された課題」をただこなすことを僕は努力とは呼んでいません。努力とは、自分で課題を発見し、自分で解決策を探り、自分で解決していく、そうした行程のことだと考えています。自分で解決策を模索していくわけだから、そりゃ大変です。「なにやってんだこいつ?」という目で見られることばかりだったりします。

さっきのプロテインの下りだってそうです。トレーニングをしている人は、できるだけ筋肉にタンパク質を持続的に供給しなければならない。理想を言えば、昼食と夕食の間は時間が空きすぎるので、16時くらいにプロテインを飲めるといい。ただ、そうした行為が「意識が高い」というより「変な人」という風に映ってしまうため、後ろ指を刺されたりするわけです。

僕なら「笑ってくる人間は、放っておけばいい」って考えますから、全然気にしなくていいと思いますよ。そんなことより、他人の顔色を伺って、自分の目標が達成できないことのほうがよっぽど問題です。

綺麗な体型をつくるということは、「一般の人(笑ってくるような人を含む)」とは別の存在になるということでもあります。なので、変わった目で目られることもあるでしょう、下心を持った男性から言い寄られることもあるでしょう、女性を敵に回すこともあるでしょう。

でも、綺麗になるということはそういうこと。どんなことも受け入れる覚悟、そして、どんなことがあってもブレない軸を持たなければなりません。どうしても自分の中で消化しきれなかったら、酒に走らず、僕に相談すればいいです。

努力は笑われてからが本番ですよ。

浅野