本日成人式を迎えた皆さま、おめでとうございます。コロナの影響で式に参加できなかった方が多いと思いますが、飛躍の20代となることを願っています。

20歳という年齢は、若いながらにして色々悩む年齢でもあります。ここでどう生きるかによって、その後の人生に大きく影響するというのが僕の考えです。

僕は、20歳までは日本の大学に通い、ごく普通の日常を過ごしていました。その頃、特に将来の夢はありませんでしたが、サラリーマンだけは向いていないなと感じていました。というのも、人の下で働くことが苦手だというのは、バイトや派遣の仕事で経験的に分かっていたからです。

企業の経営に興味がありましたので、大学では会計学部に所属し、企業分析や経営戦略、マーケティング、会計などについて勉強していました。ただ、大学一年が終わる頃「このまま将来どうするんだろう」「特にやりたいこともないしなぁ」とも感じていました。

そんな時、一つの転機が訪れます。当時、僕には1つ上の彼女がいました。彼女は英米文学部に所属していて、ある時、大学の留学プログラムを利用して1ヶ月だけカナダに留学することになりました。当時は今ほどインターネットも充実していませんでしたので、その1ヶ月は連絡も取れませんでした。

僕も若かったんでしょう、連絡の取れない1ヶ月というのはとても長く感じました。やっと彼女が帰国して、空港まで迎えに行ったら、その帰り道に別れ話になったのです。簡単に言えば、フラれました(笑)海外に行くことで新たな価値観が身についたのか、素敵なメンズに出会ったのか、そもそもそんなに好きじゃなかったのか、原因はよくわかりませんが、とりあえずフラれました(笑)

それはまぁショックで、勉強も筋トレも身が入らない日々が続くわけです。しかも、将来の職について考えていた時期なので、なおさらへこみました。

そこで思ったのが「とりあえず英語だけ話せたら、将来なんとかなるんじゃないか?」ということ。今考えたらそんなわけあるはずがありませんが、当時の僕はそう思ったんでしょう。彼女が海外留学を経験した影響もあり、自分も留学することを決意したのです。

元々、海外に対しての憧れは強く、中学・高校の頃から英語だけは一生懸命勉強していたので、常に学年トップの成績を納めていました。また、高校生の頃、アームレスリングの日本代表に選ばれ、世界選手権に出場したことも、海外に興味を持ったキッカケでもあります。

ただ、会計学部に所属していたので、大学の留学プログラムを利用することができません。なので、大学を休学し(一年延長)、個人的に留学する形をとるしかありませんでした。留学先に選んだのはオーストラリア。語学学校の数が豊富で、比較的価格も安く、それでいて街の雰囲気も良いからです。

留学といっても語学留学なので、何か専門的なことを学ぶのではなく、英会話を中心に学びます。20歳という多感な時期であったこともあり、すべてが新鮮でした。授業は打ち解けあった雰囲気で楽しいし、学校が終わっても寮のルームメイトと出かけたり、様々な国の友達と異文化交流したり、自転車であちこちを回ったり、毎日が本当に充実していました。

よく「英会話は日本で勉強してから行ったんですか?」と聞かれますが、まったくしていません。確かに日本にいた時から英語の成績は良かったけれど、話せたわけではない。なので最初はとても苦労しました。伝えたいことが伝わらないし、相手に誤解させてしまうこともあり、落ち込むことも多々ありました。

ただ、毎日同じ環境で暮らしていると、人間も次第に適応していきます。最初の3日くらいは先生がなにを話しているのか分からなくても、1週間も過ぎるとだんだん何を言ってるのかが分かってくる。話すことに関しても、最初は頭の中で「日本語 →(転換)→ 英語」というように、ワンクッション時間が必要だったけれど、毎日毎日英語を使うように自分を訓練していると、伝えたいことがすぐ英語として言葉に出るようになってくるんですね。そうすると、もちろん毎日の生活も楽しくなり、だんだん居心地がよくなってくるわけです。

なので、一番大切なのは、喋れるか喋れないかではなく「伝えようとする意志や姿勢」なのだと感じました。喋るのが遅かったり、発音が変だったりしても、日本人のようにそれを笑ったりする人はいませんので、それもすごく自分にとっては新鮮でした。もっと自由に考えていいんだな、もっと楽しく考えていいんだなという感じに、考え方の幅が広がっていきました。

少し話が脱線してしまいました。

留学期間は1年間で、そんな充実したオーストラリアでの暮らしも終わりを迎えようとした時のことです。「もうすぐ日本に帰って、また大学生活に戻らなきゃならないのか」と考えていました。金曜の夜、寮のジムでトレーニングをしていた時のことです。ジムには、僕と欧米人男性の2人しかいませんでした。ちょうど隣でインクラインベンチプレスをしていた彼が、重りを持ち上げられずに潰れているところを急いで救出します。

その時「Thanks, man」と言われたことがすごく嬉しかった。自分が長年やってきたトレーニングが、初めて人の役に立った瞬間だったと思います。たったそれだけ?と思いますが、当時の自分にとってはすごく嬉しかった。そして同時に「あ、これだ」「もっと安全で正しいトレーニングを伝えていきたい」「自分がやりたいことってこういうことなんじゃないかな」という気持ちが芽生えたんですね。純粋にトレーニングが好きでしたし、それを仕事にできるって素晴らしいことだなと感じたのです。ここが僕の「パーソナルトレーナー」としての歩みの第一歩です。

そこからはもう一直線です。一度やると決めたら目標に突っ走るタイプなので、あらゆる覚悟を決めました。まずは、パーソナルトレーナーの勉強をするために、フィットネス先進国であるアメリカの大学に入学する決心をしたこと。そして、そのために日本の大学を辞める決心をしたことです。

オーストラリアから帰国して、地元の友達にそのことを話すと「大学辞める?おまえ馬鹿じゃないの?」「え、なに馬鹿なこと言ってんの?」という声をたくさんいただきましたね。仲の良かった大学の友達からも見放された感じでした。少し悲しい気もしましたけど、自分が決めたことなので気持ちは少しも揺らぐことはありませんでした。散々迷惑をかけた親にも謝罪文を書いて、なんとか説得することができました。

そして、新学期が始まる4月。桜が綺麗に咲き、春休み明けで友達との再会を喜ぶ声が聞こえる大学に「退学届」を手にして向かいます。窓口で「すいません、こちらをお願いしたいんですど」と伝えると、入学届?入部届?と一瞬勘違いしたのか、「え!あ!はい、わかりました!」って受付のオバちゃんがビックリしてたのは覚えていますね(笑)まさか始業式の日に、退学届を提出しにくる生徒なんていないんでしょうね。

こうして、日本での大学生活は1年で終わりを迎えました。このままあと2年、3年とダラダラ過ごすのは、学費を援助してくれている親にも失礼だし、自分のやりたいことも決まっているから、それならもう次のステージに踏み込む以外選択肢はないなと。

もちろん失ったものもありますが、ただ、それ以上に得られたもののほうが自分にとっては遥かに大きかった。今もあの時の選択は正しかったと思いますし、色々遠回りもしましたが、そうした経験があって今の自分がいるのだと思います。

ちなみに留学中だったので、僕も成人式には参加していません。なので留学する前は、親から「成人式はどうするの!!」なんてすごく怒られましたね(笑)

これが本当に最後です。新成人の皆さんに向けて私からのメッセージです。

自分の人生で一番後悔するのは、自分で選択しなかったこと。下した選択が正しかったか間違っていたかという結果はさほど重要ではない。その選択が自分の意志によって下されたものであれば、誰が何を言おうと、どんな状況であろうと「正しい」のである。だから胸を張って生きればいい。

改めて、本日成人式を迎えた皆さま、おめでとうございます。

浅野