お客様と話していて「運動にいい思い出がないです」とおっしゃる方が多いんですね。

というより、これってお客様に限った話ではありません。運動に苦手意識を持っている大人ってすごく多いと思います。

でも、僕は「本当の意味で運動が苦手な人なんていない」と思っているんです。これ、すごく大切な話です。他の記事は読まなくていいので、これだけは読んでほしい。

だって、3歳とか4歳の子って、体力とか運動神経とかまったく関係なしに、疲れ果てるまではしゃぎ回るじゃないですか。いや、なんなら疲れ果てても、それでもまだはしゃごうとするじゃないですか。どこからそんな体力でてくんの?って言わんばかりに。そもそも、体力とか運動神経とかいう概念がないんですよね。

僕には4歳の甥っ子がいますが、僕なんかより全然体力がある。目一杯遊んであげて、もうこのくらいで勘弁してくれって言うと「もっと遊んで!!」ってキレてきます(笑)いや、本当にすごい体力だとつくづく思います。人間のデフォルト(初期設定)って、運動が好きなようにできている、というのが僕の考えです。だって動物ですから。

たぶんですけど、大人になって、運動が嫌いとか運動にいい思い出がないという人でも、小さい頃は色んなものに興味を示して、元気よくはしゃぎ回ってたはずなんですよね。

それが、大人になるにつれてどんどん運動から離れていってしまう。これって、学校の「体育の授業」が最大の原因かな、って僕は思います。

体育の授業では、あらかじめ決められたカリキュラムの中で、子供たちを競わせたり、運動のでき具合によって成績を付けます。

当然、運動神経や体力には差があります。また得手不得手もあります。すると運動ができない子には低い成績が与えられ、「運動能力が低い」という烙印が押されてしまいます。

さらに、運動ができない子には、個別で特別な指導が行われるわけではありません。なんなら、罰として腕立て伏せや校庭一周などを強制される場合だってあります。なので、その子は「運動が苦手」という意識を持ったまま、大人になってしまうんですよね。それに困ったことに、幼い頃に根付いた意識というのは、頑固で厄介です。ちょっとしたことでも「私は昔から運動苦手だからなぁ」と感じてしまったりします。

でも、僕はそれって本当にもったいないことだと思うんです。

体育の授業を全面的に否定するつもりはありませんが、それでも、誰かに決められた狭い枠の中で自分の可能性を台無しにしてしまうなんて本当にもったいない。

もし自分に子供がいて「体育の授業が嫌い」なんて言ってたら、「いいよ、行かなくて🙃」って言うと思います。

だって、学校の成績は一時的なものかもしれませんが、体を動かすことに関しては一生付き合って行くものです。なんなら、歳を重ねるごとに大切になっていくわけです。そこで、運動に対する苦手意識が根付いてしまうことだけは、絶対に避けたほうがいいと思うんです。

それに、運動ってなにも体育の授業がすべてではありません。山登りだってあるし、キャンプだってあるし、川釣りだってあるし、自転車だってあるし、色んな運動のジャンルがあります。それを、決められた枠の中で、運動能力の優劣をつけるのって、僕はあまり肯定的ではありません。

登山が好きなので、僕が親だったら、学校の授業に出なくていい代わりに、一級クラスの景色を見せに行くと思います。「これが本当の運動だよ」ってことを教えてあげたい。

小さな世界の中で、自分の可能性を閉ざす必要なんてない。本当の意味で運動が苦手な人なんていないと思うんです。

もし、運動に対して苦手意識を持っているのであれば、僕がスイッチをリセットして、ゼロから作り直していきます。「やばい、運動ってこんなに楽しいんだ!危なく一生台無しにするとこだった!」って思っていただくのが、僕の仕事ですから。

浅野